2009-11-19 21:33:59 テーマ:Yahoo!ブログ移行
今日は「図書室」で底無しの孤独のことを書いたので、孤独つながりで。
ミュージカル「エリザベート」の中に「魂の自由」という場面があります。
皇后エリザベートが病院訪問をした際に、精神を病んだ少女と出会います。
少女は「自分こそが皇后エリザベートである。その女を連れ出して!」と叫ぶのです。
エリザベートは彼女を抱き締め語ります。
「代われるものなら代わってあげましょう、私のこの孤独に耐えられるのなら。あなたの魂は自由です。私の魂はどんなに放浪の旅を続けようと、皇后の立場に束縛されたままなのに」
贅沢を持て余し、美貌にも恵まれ、ハンガリー・オーストリアの皇后でありながら、自由を愛し、奔放に生きたいと願い続けていたエリザベート。
「隣の芝生は青い」と言いますが、「これ以上の幸せは無いでしょう?」と誰からも思われていたでしょうね。
彼女を悲劇のヒロインとして語るなら、テロリストの手で暗殺された最期と皇太子ルドルフの情死くらい?
誰も他人の心の闇にまで目を向けないものだもん。
虐げられていた民衆の方に、もしかしたら心が満たされていた人がいたかもしれない。
貧しさの中で心まで満たされる方が大変だけど。
でもね、「可哀想」って同情して欲しいときってあると思う。
「可哀想」って慰めて欲しいときってあると思う。
見た目だけで「あなた幸せでしょ」って判断されるのって辛いと思う。
「辛い」って言っても「どこが!?」って言われると、もっと辛いと思う…。
誰にもわかってもらえないのは孤独だと思う。
~追記~2026年転載によせて
これはミュージカル「エリザベート」の病院訪問の場面ですね。
宝塚版でこのシーンを見たとき、とても苦しい気持ちになりました。
そりゃ、一国の皇后陛下の孤独と、しがない一般ピープルのおばちゃんの抱える孤独じゃ、月とスッポンと言ったらスッポンに怒られるくらいですけど。
ゞ( ̄∇ ̄;)おいおい・・・
あんなに美しくて、地位もあって、いつも綺麗なおべべ着て、何不自由ない暮らしをしておいて、エリザベートを贅沢だ、わがままだと非難する人もいるでしょう。
自分が自分らしく生きられない、本当にやりたいことができない、その生きづらさは現代ならばストレスで心を病むほどの苦しさですよね。
せめて魂だけは自由でありたいと願っても、彼女にはそれすら許されなかったんだろうな。
その「底なしの孤独」…でも諦められずにもがく姿、逃げても逃げても、そこが逃げ場ではない「絶望感」がダイレクトに伝わってくるシーンでした。
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